1日8時間スマホを触るドパオバから卒業したい
「ドパガキ」という言葉を知ってショックを受けた。その意味が、ちょっと前の自分のことだと思ったからだ。
ドパガキとは、ドーパミン+ガキ。ショート動画やSNSの強い刺激を、次から次へと求めてしまう子どもや若者を指すネットスラングらしい。
調査によると、10代女性の私用のネット利用は1日5.2時間、20代女性は4.5時間だそうだ(NTTドコモ モバイル社会研究所、2024年)。そんなにみんなネットを見ているのかと、自身のiPhoneのスクリーンタイムを確認すると、私の1日平均スマホを触っている時間は8時間。仕事と寝ている時間以外は、iPhoneを触っていることになる。
一応、自覚症状はあって、『スマホ脳』(新潮新書)という本を読んでから、意識的に距離を置くようにしているのだが、気がつけば手元にiPhone。
仕事のせいにできてしまうのも、よくない。世の中のトレンドなんて目の前のPCでも調べられるのに、SNSはスマホのUIのほうがいいから、ユーザーと同じ環境で、ともっともらしい言い訳をつけられる。
そんな生活を何年も続けているうちに、立派な「ドパオバ」が出来上がる。年配の視聴者が多いであろうNHKの番組で、スマホ依存について特集が組まれるのは、私だけではないからだろう。
ドパオバの自覚が出て、気がついたことがある。難しい本を集中して読めなくなった。SNSを見ながらドラマを流しているから、途中で話がわからなくなって、早戻しすることが多くなった。
インテリジェンスな大人の女に憧れているのに、これではいけない。しかし、機能を使って物理的に使えない時間を作っても、自ら解除してしまうに違いないし、スマホが使えなくても、目の前にはPCがある。依存症患者は何が何でもデジタルコンテンツに触れようとする。
そこで、私が最近取っている行動は、本やノートを持ってカフェにいくことだ。うちからカフェに行く手段は車だ。MT(マニュアル)の車ではスマホをいじることができない。カフェでスマホをいじってしまうのでは? という心配も、他人からの目が気になる性格で回避できる。周りに猫背でスマホをいじっている人や、タタターンとキーボードを打っている人を見ると、背筋を伸ばして本を読んだり、表紙の美しいノーブルノートに何かを書いたりしたくなるのだ。
いろいろなことに寛容になっているけれど、「ドパオバ」な私はどうしても受け入れられない。自分の美意識に反する。この性格を使って、ダサいドパオバから脱出することが当面のミッションだ。

