CHANELを封印した過去
流行は変化していくもの。だけどスタイルは永遠
私はモードではなく、スタイルを作り出したのです。
これは、私の尊敬する女性のひとりである、デザイナー、ガブリエル・シャネルの言葉と言われています。
数十年ぶりに、百貨店のシャネルブティックへ行った。キャッシュレス化とバッグの小型化で、今使っている財布が大きくて使いづらくなってきたので、気になっていたジップカードケースを見に行った。
10代の頃から、ハイブランドの中でもCHANELは特別だった。マイファーストCHANELは赤の口紅。化粧を知らない少女の顔には似つかわしくなかったけれど、ポーチに入っているだけでテンションが上がった。
次に迎えたのは長財布。そしてバニティバッグ。当時30万円のマトラッセは、似合うようになったら必ず手に入れるリストに入れていた。
そのマトラッセが、2026年9月現在で200万円を超えている。
値上げは世界共通で、そこに円安の影響も乗っているらしい。軽自動車が新車で一台買える価格だ。
正直なことを言うと、SNSでキラキラ女子がCHANELを持って流行りの音源に合わせて踊る動画や開封動画を見るたびに、CHANELは恥ずかしいものになっていた。持ち歩かなくなった。そのうち、興味も失っていった。
恥ずかしかったのはCHANELではなく、流行に流されてスタイルを見失いかけていた私のほうだった。
私の愛車、1958年製の空冷ビートルも、時代に合わせて少しずつ形を変えていった。でも、その形を見れば誰もが「あ!ビートルだ!」と笑顔になる。国民車というスタイルがあるからだろう。
最近、マトラッセを持つ機会が増えた。ハイブラだから選んだと思われたらどうしよう。その他人の目を気にすること自体が、CHANELと私のスピリットに反している。そう気がついたから。それに今なら、ブランド好きに見えないくらいの経験は積めた気がする。
空冷ビートルの助手席にマトラッセ。私が回り道して手に入れたのは、永遠にみんなから愛されるものだった。
